52代 主将

行く春や 鳥啼き魚の 目は泪

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こんにちは、東北地方の山形県出身、前主将の篠﨑です。2016年3月11日現在、東日本大震災から5年の月日が経過します。ある意味節目の日ですが、全く以ておめでたい日ではございません。以前にこのブログでとある後輩が「震災がなくとも、命を落としてしまった人たちは毎日いるわけで…」と書き、その後に導き出していた結論もとても素晴らしいと個人的に思っておりました。私が考えたことは震災だから特別に祈るというわけではなく、この日がきっかけで生命について考えたり、自分自身の在り方を考えたり、そんな日になっても良いのではないでしょうか。たとえそれがナルシスト的思考でも自分自身が成長するきっかけや考え方を改める機会になるのでしたら…。というわけで、今回は当時の自分の在り方と今の心境を書いていこうかと考えております。

 

当時の私は高校1年生から2年生の間で、学年末の試験が終わり、ウェイトルームで部活動を行っていた最中でした。揺れが起こってからは比較的時間が長く、山形では震度5弱でしたが、現場には部活の先輩もいらっしゃいましたし、冷静でしたので、すぐに中断し窓を開けてとりあえずの出入り口は確保しました。暫くは学内で待機でしたが、その日はなんとか家に帰れました。ただ、道中の停電により点灯していない信号、蝋燭の火で過ごした幾夜、ラジオで聞いた情報…。どれも初めての経験で衝撃を受けました。

私は陸上競技部に所属していて、その期間は頻繁に宮城県(利府、亘理町)に遠征に行っていました。震災の翌日は当初は亘理町の浜辺を使って足腰を鍛える目的でそこに伺う予定でした。偶々3月11日で山形におりましたが、もし震災が翌日だったら自分はどうしていただろうか、浜辺で練習だと津波の餌食になるのだろうかと考えるとゾッとします。震災によって亡くなった方々やその親族と比べたら自分は運が良かったのかもしれません。そんなことを常々考えながら生きており、毎日を感謝しながら生きています。

 

タイトルは江戸時代の俳人である松尾芭蕉の読んだ句であり、時代は違えど彼もまたみちのく(東北)を旅した人です。その句の意味は格別な春という季節を鳥や魚が鳴き惜しんでいる様子です。今時分の自分たちは亡き人々を泣き、門出の季節で寂しさも感じますが、それとは対照に木々は新芽をだし、また新しい人との出逢いがあります。私の好きな歌手のグループの一つがWEAVERさんであり、その曲の中に「春色グラフィティー」があります。これは今の私にタイムリーで、不安や悩みがあっても自分のやりたいことをやれば良いんだよと後押ししてくれる歌であります。その一節に「さくらの次には若葉が待っているだから迷わない…」とあります🍀。また、B’zの稲葉さんが歌っている「羽」という歌。こちらは某探偵アニメのオープニングの曲であり、羽になぞらえた素敵な歌詞となっています🐔。聴いてみたい方は以下のURLからどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=HOnXOZji8m0

https://www.youtube.com/watch?v=krhKpVGUebQ&list=PLL6Z1o_l0ZDXC_DLc7qjVdpHomPqfx6tb

江戸時代の人たちの俳諧、今の自分たちのデジタル社会、そして超高齢化社会。時代はめまぐるしく変化しています。

そうした環境の中で自分が導き出す結論は、そうした時代の変化に柔軟に対応し自分は何ができるか考えること、今を生きられるキセキを感謝することです。

そんなことを考えつつこの春を過ごしております。当部活が活動している第二グラウンド(通称2グラ)は桜が綺麗なのでぜひ足を運んでください🌸

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